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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)512号 判決

控訴人 株式会社玉田組

右訴訟代理人弁護士 河本仁之

被控訴人 医療法人長生会

右訴訟代理人弁護士 小原栄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。千葉地方裁判所が昭和四四年(手ワ)第一四三号約束手形金請求事件について昭和四五年二月一二日言い渡した手形判決を認可する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決三枚目裏三行目の「信義誠実の原則」の次に、「に反し」を挿入する。)。

(証拠関係)〈省略〉。

理由

一、被控訴人が控訴人に宛て原判決事実摘示記載の約束手形(金額一七五万円満期昭和四四年一月二五日。以下本件手形という。)を振り出したこと、控訴人が本件手形を満期に支払場所に呈示したが、その支払を拒絶され、現に本件手形を所持していること、控訴人が被控訴人経営の病院の鉄筋コンクリート造病棟(以下本件建物という。)建築工事を請負い、本件手形はその請負代金の支払のために振り出されたものであること、は当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、控訴人の右工事には被控訴人主張の瑕疵があり、被控訴人は控訴人に対し昭和四三年一二月三〇日その修補を求めたが、控訴人がこれを行わないから右修補が終了するまで本件手形の支払義務がないと主張する(抗弁一)ので、まずこの点を判断する。

被控訴人が昭和四三年一二月三〇日控訴人に対し被控訴人主張の瑕疵を修補するよう求めたこと、本件建物に雨漏の跡がしみとして残っていること、は当事者間に争いがなく、また、本件建物に瑕疵のあったことは後記三において認定するとおりである。

しかし、一方、〈証拠〉によれば、本件建物は昭和四三年四月末頃一応完成したので、その頃被控訴人に引き渡され、(建築基準法七条三項による千葉市の検査を了したのは同年五月一八日である。)以来今日まで被控訴人が病棟として使用しているところ、被控訴人は、後述の瑕疵のうち、スチーム管については昭和四六年三月頃東海設備株式会社をして金九四万六九七〇円で配管のやり直し工事をさせ、更に雨漏の主たる原因をなす本件建物の屋上部分の瑕疵については昭和五〇年五月頃島建材株式会社をして金二二〇万円で防水工事を施行させ、また外壁部分についても引き続き同社に一八六万四九〇〇円の予算で防水工事をやらせる計画であること、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右によれば、本件建物に認められる後記瑕疵のうちその主要部分はすでに被控訴人自ら修補を終えたのであるから、少くともこれらの部分の瑕疵は治癒し、その点では被控訴人が修補を求める利益はすでにないものと推測されるばかりでなく、控訴人は本件建物の工事を一応完成しこれを被控訴人に引き渡し、被控訴人において使用してきているのであるから、なお瑕疵が残存しているとしても、それは比較的軽微なものといいうべく、このような場合には債務不履行(不完全履行)に関する規定の適用、殊にそれを前提として仕事の未完成による請負報酬債務の不発生の関係は排除され、もっぱら民法六三四条以下の担保責任の規定が適用されるものと解すべく、しかもその場合瑕疵の修補義務と請負代金の支払義務とは原則として同時履行の関係にあると解されるのであるから、被控訴人が控訴人の本件手形金請求につき瑕疵の修補と引換給付を求めるは格別、単に控訴人の工事に瑕疵があるというだけで全面的に本件手形金の支払を拒むことはできないものと解すべく、いずれにしても被控訴人の右抗弁は失当である。

三、次に、被控訴人は、被控訴人主張の瑕疵を修補するには少なくとも金二五〇万八五〇〇円の費用を要し、被控訴人は控訴人に対し右修補に代わる右同額の損害賠償請求権を有するから、右債権をもって本件手形金債務と対当額において相殺すると主張する(抗弁二)ので、以下この点を判断する。

(1)〈証拠〉を綜合すれば、(a)本件建物中これと旧館(被控訴人病院の本件建物建築前の病棟)とを結ぶ渡り廊下に接する南東側二階の二一二号病室の外壁面にはクラック(壁面の亀裂)が生じ、同室の屋上部分は少し窪み、雨水のたまり易い形状となっており、同室は降雨の激しい時には雨漏りがあること(原審における検証時右屋上部分には水がたまっていて、同室の天井裏に水が浸透しているさまが現認された。)、(b)屋上出入口ドアの敷居部分は、同部分からの雨水の浸入を防ぐため設計図では約一〇センチメートルの立ち上りを設けるようになっているのに、本件建物ではその高さが約三センチメートルしかなく、そのため屋上からの雨水が同部分から浸入する場合があること、(c)本件工事では旧館と本件建物とを結ぶため前述の渡り廊下が新たに作られたが、設計図では旧館と渡り廊下との継目にはその上に立ち上りを作ってその上に屋根を作る工法(エクスパンシヨンジヨイント)がとられているのに、本件工事では立ち上りを設けることなく水平にモルタルを薄く被せて防水する方法を用い、右継目付近のモルタルに亀裂を生じているため、右継目付近から雨漏がして、特に二階の渡り廊下の天井には広範囲にしみができ、天井に張ってある布が一部剥がれて、下地部分が露出していること、(d)本件建物の窓にはサッシが用いられているが、風雨の強い時には部屋によっては雨水が窓隅、窓下等に浸透し、時には窓下に接して置いてある家具等を移動させたりしなければならないこともあること、(e)また暖房用のスチーム管は、設計上は天井裏等の空間にはわせるようになっているのに、本件工事ではスチーム管を壁面コンクリート内に埋め込んで設置してあるため、スチーム管の膨張率とコンクリート壁のそれとの違いから、コンクリート壁に割れ目ができたり、スチーム管の故障を生じ易く、右割れ目から結露や水蒸気を噴出する等の事故が多いのに、前述のとおりコンクリート壁内に埋め込んであるため、修理が困難で、被控訴人は、すでに認定したように、新たに配管をしなおしたこと、控訴人は、昭和四四年四月八日被控訴人に対し控訴人の工事に右認定のような瑕疵のあることを認めて、その修補を約束し、同年八月頃までに控訴人の下請人恩田恭行をしてこれらの瑕疵の修補工事をさせたが、右修補によっては根本的にこれらの欠陥を改善するに至らなかったこと、以上の事実が認められる(なお、右認定はいずれも先に認定した被控訴人の修補工事前の状態である。)。

原審及び当審における控訴会社代表者玉田卓司の供述のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠はない。

(2)控訴人は、被控訴人が昭和四三年九月二四日控訴人に対し控訴人のなすべき修補工事が完了したことを認めたと主張するが、原審及び当審における控訴会社代表者尋問の結果ではまだ右事実を認めるに足りず、その他にこれを認めるべき的確な証拠はない。

(3)また、控訴人は、スチーム配管については、被控訴人の指示により壁面に埋め込んだもので、その瑕疵は右指示に原因するものであるから、控訴人に責任はないと主張し、なるほど原審及び当審において控訴会社代表者玉田卓司は右主張事実に副う供述をしているが、一方原審において被控訴人代表者武田昭信はこれを否定する供述をしており、右武田昭信の供述に照らし右玉田卓司の供述はただちに採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠はないばかりでなく、仮に控訴人の主張するように被控訴人の指示があったことが認められるとしても、スチーム管をコンクリート壁内に埋め込む場合の具体的工法についてまで被控訴人が控訴人に逐一指示したとか、スチーム管を壁面に埋め込めばどのような工法を用いても確実に先に認定したような瑕疵を生ずるとかの事実でも認められればともかく(そのような事実を認めるに足りる証拠はない。)、控訴人は右指示による工事を引受けたのであるから、その指示された工事を可能なかぎり十全な工法をもって施行すべきもので、現に先に認定した瑕疵がある以上これについて責任を免れえないものである。

(4)その他被控訴人の相殺の抗弁が信義則に反し又は権利の濫用であるとの控訴人の主張が理由のないものであることはいうまでもない。

(5)そうすると、控訴人は被控訴人に対し先に認定した瑕疵の修補に代る損害を賠償する義務があることが明らかである。

そこで、以下被控訴人のこうむった損害額について検討することにする。

この点について、原審証人米川幸雄(第一、二回)は、先に認定した瑕疵(ただしスチーム配管に関する部分は除く。)を修補するには、前掲乙第八号証の一、二に記載のとおり、昭和四四年一二月一三日当時の価格で、金二五〇万八五〇〇円を要し、乙第二三号証の一ないし三記載のとおり、昭和四七年二月二一日当時の価格で、金三六一万三〇〇〇円を要する、というのに対し、原審証人恩田恭行(第二回)は、右同じ部分を修補するのに、同証人の作成にかかる甲第四号証記載のとおり、昭和四七年六月当時の価格で、金七八万円をもって可能である、と供述している。

そこで、右両名の修補の工法を比較検討するに、米川は、本件建物の瑕疵のうち最も大きな瑕疵ともいうべき旧館と渡り廊下との継目には、もともと設計図にあったエクスパンシヨンジヨイント工法を用い、また屋上出入口ドアの敷居部分についても、設計図にあったとおり約一〇センチメートルの立ち上りを設けるとともに、屋上全面について、従前のモルタル防水を剥がし、全面的に防水工事をやりなおす必要がある、というに対し、恩田においては、屋上部分の全面に人造ゴムを張りつけて、その上にモルタルを塗って仕上げる工法(シート防水)が中心で、前記エクスパンシヨンジヨイント工法や屋上出入口ドアの敷居部分に立ち上りを設ける工事は予定されていないもののようである。

右によれば、米川の工法は、控訴人が設計図どおりの工事を行っていなかった部分を設計図どおりに修補しようとするものであるし、米川の前掲証言によれば、二つの陸屋根造の建物を継ぎ足す場合には、エクスパンシヨンジヨイント工法が一般に用いられ、本件工事のように立ち上りを設けることなく、モルタルを水平に塗る工法では亀裂を生じ雨漏の原因となり易いこと、が認められるし、恩田が控訴人の下請人として昭和四三年八月頃本件建物の修補工事を施行したにもかかわらず、十分な効果をみなかったことはすでに認定したところであり、これらに鑑みると、本件建物の前記欠陥を根本的に改善するには、恩田の工法をもってしては十分でなく、米川の工法によるのが相当と思料される。

ところで、本件損害は、被控訴人が控訴人に修補を請求した時を基準にしてその額を算定すべきであると解される(最判昭和三六年七月七日民集一五巻七号一八〇〇頁参照)ところ、被控訴人が控訴人に対し修補を請求したのは、昭和四三年一二月三〇日であることは当事者間に争いがなく、米川の右見積りは、昭和四四年一二月一三日及び昭和四七年二月二一日当時のものであるので、この点問題であるが、米川の前記修補工事費二五〇万八五〇〇円は被控訴人が控訴人に修補を請求した約一年後の見積りであるから、資材価格及び賃金の上昇その他経済事情の変動を考慮にいれても、被控訴人の昭和四三年一二月当時の損害額が、控訴人の本件手形金請求額である一七五万円を下回ることはないものと推測される。

(6)被控訴人の相殺の意思表示を記載した被控訴人提出の昭和四六年一一月一五日付準備書面が原審第一〇回口頭弁論期日において陳述され、控訴人に右意思表示が到達したこと、は記録上明らかである。

(7)そうすると控訴人の被控訴人に対する本件手形金債権と被控訴人の控訴人に対する損害賠償債権とは本件手形の満期の日である昭和四四年一月二五日には相殺適状にあったものであるから、少なくとも本件手形金債権は同日をもって全額消滅したことが明らかである。

四、よって、控訴人の本訴請求は理由がなく失当であり、これを棄却すべきところ、これと同一結論をとる原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 蕪山巖 堂薗守正)

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